第6回:pamplemousse(パンプルムス)さん

第6回:pamplemousse(パンプルムス)さん 第6回:pamplemousse(パンプルムス)さん
時:2002年10月30日
場所:pamplemousse内
語り手:劇場主 小泉さん

〜「今年でオープン7年目になります。」〜

聞き手:
−本日はよろしくお願い致します。
さっそくですが、ここができてもう何年になりますか。

小泉さん:
ここは妹と二人でやっているんですが、95年の暮れにオープンしたので、もうすぐ7年になります。
(編集者注:原稿が掲載されている2003年現在は、既に8年目に突入されています)

聞き手:
−オープンされたきっかけや動機みたいなものはありますか。

小泉さん:
動機は、特にないかな。演劇に特別な思い入れがあったわけでもないし。どんなに夢見ても実現しないこともあれば、あれ?何でこんなことしてるの?と、まったく思いがけなく新しいことを始めていることってありますよね。そういう感じです。
成り行き…ですかね、そういう事にしておいてください(笑)

聞き手:
−そうですか。(笑)
では「パンプルムス」という名前の由来について教えて下さい。小泉さんご自身がつけられたんですか。

小泉さん:
そうですけど、これも特に理由はないかな(笑)。タイニイ・アリスみたいなかわいい名前がいいなあと思って、いろいろ考えたんですけど。ずっと使う名前だからとか考えすぎてしまって……。でも、オープン告知するために、早急に名前が必要になったので、結局思いつきで決めました。
パピプペポの発音がいいとは思っていたんです。パンプルをオープンするときにすごくお世話になった方が"ピープルスペース"はどうかとおっしゃってくださったんですけど、ちょっとリンカーンみたいだなと思って(笑)。その方には申し訳なかったんですけど、似て非なる"パンプルムス"になりました。
(編集者注:パンプルムスさんが出来たところは、以前「タイニィアリス」さんという劇場がありました。
尚、タイニィアリスさんはここから移転して、現在も新宿にて営業されていらっしゃいます。)

聞き手:
−なるほど。
ええと、もう7年も劇場経営というものを妹さんとお二人でされているわけですが、劇場主さんになられる前は小泉さんは何をしていらっしゃったんでしょうか。やはり小劇場関係ですか。

小泉さん:
私も妹も、ふたりとも全然関係のない仕事をしていました。観客としても、昔のつかさんとか自由劇場、東京ヴォードビルショーくらいしか観たことなかったですね。

聞き手:
−では、劇場経営をお二人でやって行かれる際に戸惑い等があったと思うんですけど、いかがでしたか。

小泉さん:
今考えれば不思議なんですよ。小劇場に行ったことすらほとんどなかったのに、ここの改装も付帯設備も全部、自分で決めたんですから。もちろんまわりのみなさんの善意と暖かいお心があればこそです。手探り状態でしたけど、人間、やればできるんですねえ(笑)
もう今では、劇団さんや新しい小屋番さんが来ても、一通りの説明はできるようになりました。それで、新しい小屋番さんにうちの業務を説明しようとすると、細々としたことが膨大にあるんですよ。一日中話しても終わらないくらい。「どうやってこんなに膨大な知識を蓄えたんだろう?」とわれながら感心します(笑)。
7年間、私たちはこれを全部、勉強してきたんだなと、最近思います。

第6回:pamplemousse(パンプルムス)さん
パンプルムスさん舞台です。
手前左側に入り口があります。
(通常は)客席側から取りました。

〜「いい加減な団体さんが、たまに面白かったりする。そんなところが面白い。」〜

聞き手:
-当初はどんな感じで劇場を経営していこうとお考えだったんですか。

小泉さん:
一応、ここをはじめたときに私たちが考えたことは、ほんとに安くて、手軽に、どんな人も使える小屋ということでした。これがまた大変なんですけどね。どんな人にも使ってもらえることにすると、とんでもないことも起こりやすいから(笑)
どんなことでも、何か新しいことを始めようとすると、絶対どこかで"最初の一歩"が必要なわけですよね。でも、いちいち審査されたり、実績がないとダメだったり、すごくきれいな小屋だけど料金が高い、みたいなことで挫折することもあるかもしれない。気持ちはあるけど、最初の一歩が踏み出せない人もいると思うんです。そういう人たちに「簡単に」という言い方も語弊があるかもしれないけど、"場"を提供できたらいいなと思ったんです。
たとえば事業を起こすときに、お金を借りようとしたら申請書を書くでしょう。そのとき単に「面白いからどうでしょう、お願いします」と言っても、融資してもらえない。しっかりした根拠や実績を示すことが大事なんですよね。でも芝居は、事業とは全然違うものだし、違うやり方もありだと思うんです。
まず気持ちが第一で、やる気があればとりあえずやってみればいいじゃない、という感じ。ある意味、"いい加減"でもいいと思う。いろいろ考えすぎないで、思いつきとか、ひらめきを大事にしてみる。もちろん、劇場の使い方がいい加減なのは困りますけど(笑)。
しっかりした劇団で、小屋の使い方もきちんとしているところは、やっぱり舞台も高いレベルを保っていることが多いですね。そういう劇団さんに使ってもらえるのは、うちとしても嬉しいです。
ただ、ごくたまにだけど、仕込みのいい加減な劇団で、すごく面白いものを作ることってあるんですよ。「いい加減な劇団は、舞台も今いち」という、ある意味オーソドックスなセオリーにあてはまらない部分もあって、私はそういうのも何かいいなーと思うんです。小屋側としては、大変なんですけどね(笑)。

聞き手:
−誰にでもっていうのは、大変そうですねー。

小泉さん:
ここを始めてから、演劇はいっぱい見るようになりましたけど、お金を取って
見せているんだからもっと頑張ってほしいという舞台もけっこうありますね。
簡単にお芝居の公演ができるようになると、その後が続かないというか、あまりにもやり易くなりすぎるための弊害もあるのかな、と思います。簡単に始めて、簡単にやめて、また簡単に始める、みたいなことを続けるのもねえ。何でもそうだと思うけど多少は、困難や障害があったり、心の中でやりたい気持ちを"溜める"時期も必要かもしれない。私のスタンスはあくまでも、みなさんのサポートですけど(笑)。それに安住しない気持ちを持ってほしい……望みすぎですかね。

第6回:pamplemousse(パンプルムス)さん
「パンプルムスさん」舞台をまた別な角度から撮っています。左手が(通常)客席側。写真奥が楽屋になってます。
入り口はこの写真だと左前方に位置します。
綺麗になさっています。

〜「やはり良い事を言われると嬉しいですね。」〜

聞き手:
−劇場をやってらして「嬉しかった・良かった」と思える点をお聞かせ願えますか。

小泉さん:
細々したことでは、「パンプルムスはスタッフの感じがいいのでやりたいと思った」と言われたり、「料金の安い劇場って、汚かったり、全然メンテができてないところも多いのに、ここは料金が安くて立地がよくて、メンテもしっかりしていますよね」と言われると、やっぱりすごく嬉しいですよね。私たちも頑張っている甲斐があるなーって。

第6回:pamplemousse(パンプルムス)さん
楽屋です。

聞き手:
−なるほどー。

小泉さん:
 あと個人的にも、私はわりと人見知りで、今でもそうですけど、何か"用事"がないと初めて会った人と話せない、自分から社交的にできないところがあるんですね。
何でもマイペースでやるのが好き……って、結局、ワガママなんですけど。だから毎週知らない人たちが「山盛り」来るなんて、つらいかなと思ってたんです。
でもやってみると、意外と楽しい。今までの私の生活では絶対会わない人たちとか、いろいろな人がいるんだなと、面白いです。
今は初めての劇団さんに使ってもらうときなんか、「また面白いことあるかな」という気持ちになってますから(笑)もちろん私にとってはとても愛着のある小屋なので、「いい加減に使われたらイヤだな」という気持ちもありますけど。何度も使ってくださる劇団さんと仲良しになって、毎回どんな芝居を見せてくれるかワクワクしたり、楽しいほうが多いですね。

聞き手:
−人との付き合いって言うところですね。

小泉さん:
実は今年、うちの小屋で出会って速攻、結婚なさったカップルがいるんですよ。照明さんと役者さんで、うちでの公演が初顔合わせで、怒涛の勢いで結婚に至ったそうです。 ふたり揃って「ラブラブで、恋愛呆けなんです」と言うので、羨ましいような、ニクラシイような(笑)
その公演のゲネプロで、役者さんがはけるときに、裏の段差で足を捻って捻挫しちゃったんですね。ちょうど私も見ていて、途中から足を引きずってるから「おかしいなあ」と思っていたら……。急遽、近くの整形外科を探して診てもらって、何とか本番はクリアしたんですけど。
後で聞いたら、これがまさに怪我の功名だったらしいです。普段は、バイトですごく忙しいのに、怪我のせいでしばらくバイトを休まなくてはいけなくて、そのせいで頻繁にデートができたらしい(笑)。
すごくお世話になっている方だし、おふたりが、「この小屋が僕たちのキューピットなんです」と言ってくれたのは嬉しかったですね。私も、他人の心配している場合じゃないんですけど(笑)。

〜難しい面もあります…。〜

小泉さん:
でも、何でこうなるかな、ということも多々あるんですよ。
たとえば、仕込みの日に照明さんが、いっぺんに3つの回路がNGだと言ってきたことがあったんですね。うちとしては、前の劇団さんのときは何の支障もなかったのに、「いきなり3つ?」という感じだったんですけど。
そのとき、たまたまシフトのやりくりがつかなくて、滅多にないことですけど、緊急のバイトの人に来てもらっていたんです。そしたらその照明さんに「仕込みの日にこんな素人の小屋番しかいない」とか「回路が3つもNGなんて状態の悪い劇場」だとか言われて、もう泣きそうになったらしい。
後でチェックしたら、回路は何の問題もなかったし、うちとしてもそんなふうに思われるのは心外だったので、バラシのときに「ヒドイ状態の小屋と決めつけられてショックでした」と話したら、「あ、すいません」って。ちょっと言い過ぎだったといってくれたので…。
照明さんも仕込みでてんぱってたから、そういう言い方になってしまったのかーと安心しましたけど。
こういうところから、あそこはヒドイ小屋だという評判がたったりするのかな、と反省もしつつ、ちょっとコワイなと思いました。

聞き手:
−はい。

小泉さん:
夏の真っ最中の、本番直前にエアコンが止まってしまったこともありました。原因不明だけれども、とにかく次の本番までに「何とか対処しましょう」と、扇風機やうちわを買いに走ったりしたんです。
ところが、その劇団の演出家が「どうしてくれるんだ、補償はどうなるんだ」って、それはもう険悪な口調で突っかかってらして。こちらに言わせれば、「エアコンを壊された」という気持ちだったんですけどね。「今はそれより、やれることは何か考えるときじゃないんですか」と言っているのに、「補償はどうする」の一点張りで大変でした。
次の本番前には、突然また動き出して、楽日まで何とかもったんですけど。
このときもも後で電気屋さんに調べてもらったら、劇団側が壁つきのリモコンを調光室のほうに動かしたせいで、配線がずれちゃったというか、パチパチしちゃったらしいんです。
原因もわからないのに、一方的に小屋のせいにされたのは、今でも思い出すと悔しいです。こういうトラブルは付き物なんだ、と自分をなだめていますけど(笑)。

〜「立地と料金とメンテと笑顔(笑)」〜

聞き手:
−うーん。
質問を変えます。どんな方たちにどんな風に劇場を利用して欲しいとお考えですか?

小泉さん:
私たちはどなたでもお使いになりたい劇団さんには広く門戸を開いています。私個人的には、やっぱり小屋を大事に思ってくれて、きれいに使ってくれる劇団さんが好きですけど。スタッフは可能な限りいい状態でお貸ししようと努力しているので、それを劇団さんがを楽しく使ってくだされば、それでいいと思っています。
それでも、うちから大きな劇場へと羽ばたいて行く劇団さんがいるのは嬉しいですね。メジャーになるのが一番とは思わないけど、より多くの人に認めてもらえて「よかったなー」って思います。でもそうなると、もううちは小さすぎて使ってもらえない、というジレンマはあります。

第6回:pamplemousse(パンプルムス)さん
客席部分の写真。
写真内の平台でひな壇を作ったりするようです。
客席も舞台もフラットなので自在な空間が作れるでしょう。

聞き手:
−では、最後にパンプルムスさんの特徴や利点をお教え願えますか。

小泉さん:
はっきりしてますね。立地のよさとリーズナブルな料金です。あと、みなさんが気持ちよく使っていただけるよう、メンテナンスも頑張っています。
それと……私の笑顔ですか。あんまり要らないかもしれないけど(笑)。

聞き手:
−(笑)今日は本当にありがとうございました。

以上第6回目、パンプルムス・小泉さんへのインタビューでした。
たくさんのエピソードや雑談を交えながら、お話を聞く事が出来ました。
「苦労はあるけれど、やっぱり楽しいよね」と小泉さんは最後におっしゃっていました。
小泉さんの明るさでパンプルムスさんは色々な問題ものりきってきたんだろうなぁと筆者はお話をしていて、そんなことをひしひし感じていました。
最後に一言。えー、掲載おくれてごめんなさい。

第6回:pamplemousse(パンプルムス)さん pamplemousse HP
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第5回:STスポットさん

第3回:STスポットさん 第5回:STスポットさん
時:2002年10月16日
場所:STスポット事務所横
語り手:館長 岡崎さん

〜法律で提供されたスペースが劇場に〜

聞き手:
−本日はよろしくお願い致します。
ではまず始めに、STスポットさんができた概略みたいなものをお聞かせ願えますか。
どのようにしてSTスポットさんはここ横浜に出来たんでしょうか。

岡崎さん:
このスペースができたのは、企業さん等が新しいビルを作る時に一定のスペースを公共のために提供しなければならないっていう法律があるんですね。市街地環境設計制度っていう建築基準法上の決まりなんですけれど。それはビルの横の空き地の公園とか、そういう形で提供するというのが一般的なんですけど、それだと(広さが)足りなかったらしいんですよ。
それで、このビル(STビル)の中を「どうぞ公共の施設としてお使い下さい」って言う風に「企業側」から「横浜市」に提供されたんですね。で、横浜市は「じゃぁどうしよう」って言う事になったんです。
当時横浜市の方で、市内各区に1館は専門ホールを作り(区民文化センター構想)、横浜市の財団が館の運営などのソフト面を一括でやっていこうと行こうという考えがあったのと、相鉄本多(劇場)が2年後にできるっていうので、「まあここを演劇ゾーンみたいにして考えられるんじゃないか」って言うのがあり、まぁパイロット的な意味合いでここをホールにしたんですね。
ですから、スペースは所有している企業さんから無償で提供して頂いてるんですよ。当然、いわゆる賃料もないですし、運営してゆくための基本的な財源なども補助されているんです。

聞き手:
−貸し出し料安いですものね。綺麗なとこなのに。

岡崎さん:
出来た当初は「マルチスペース」って言ってまして…、というのはここまで劇場の姿をしていなかったんですよ。開館はしたものの、お金をかけてやれる状況ではなかったから,平台もなかったし、暗幕もなかったんですね。照明も14灯ぐらいしかなかったんです。
そういうわけで、当時はギャラリープラス簡単なコンサートとか、ちょっとした芝居ができればという感じでここがオープンされていたんです。それこそ目的がはっきりしてなかったので、「マルチスペース(笑)」。

第3回:STスポットさん
舞台面です。普通のビルの一角にこんなスペースがあるんです。

聞き手:
−今はけっこうSTさんは演劇が主体な感じがしますけれど?

岡崎さん:
そうですね。最初の半年くらいは、オープンしたものの全然電話もなかったんですよ。(笑)
というか、「ここがオープンしましたよ」と皆さんにお知らせするようなイベントも組めなかったし、そういう予算もなかったし…。ここを劇場として皆さんに借りていただけるようなハードの状況ではなかった。
ということもあって、
電話も「りん」ともならない状況だったんですけども、3ヶ月後ぐらいに地元の劇団がここに来たんです。彼らがここでやってくれたおかげで、彼らが「劇場としてここをつかえるよ」というのをプレゼンしてくれたようなものなんです。チラシをいろんなところに配ってくれて。

聞き手:
−それから団体が入るようになったんですね。

岡崎さん:
そうですね。
ま、利点としては駅から近いということと、料金がやすいということ。
加えて東京と状況が違うのは、横浜には芝居のスペースがほとんどなく、あるのは(キャパが)300〜500のプロセニアムの劇場(ホール)。
ここを使ってくれる劇団さんは、20〜30代の若い方。団体も小規模の10人前後の方たち。そういう方たちがプロセニアムで1回やったらそれで予算が埋まっちゃうと思うんです…。
そういう手頃な小空間がなかったという状況も、使ってくれる一つの要因になったのではないかと思います。

〜名称の由来は…〜

聞き手:
−1987年オープンということで、(2002年)11月で丸15年ですね。オープン当初から館長としてこちらに?

坂田さん:
そうですね。オープンする1週間ぐらい前に入ったんですね。
名前ももう決まっていたんですよ。
住友生命さんの「S」と戸田建設さん「T」でこのビルはSTビルと言うんですが、このスペースを提供してくださった企業に対してのお礼って言うか。それで「ST」。
時々、人には「すきま劇場です」とか
「すきずきシアターです」とか冗談でいうんですけど(笑)。私としては、いつかこの名前が変わるのかなと思ってたんだけど、いつの頃からか。みなさんがここを「ST」・「ST」と呼んで下さるようになったんですね。ですからこの名称が定着してそのままです。スポットというのはそれこそ「小さい」っていうことなのね。
それで「STスポット」。

第3回:STスポットさん
STスポットさんロゴです。

聞き手:
−STスポットさんを利用される団体さんについて、15年前と現在では違いなどはございますか?

岡崎さん:
ええと、オープンしてから3年で60劇団ぐらい使われるようになったのかな。それまでは東京でやってたり、神奈川県下の藤沢とか茅ヶ崎などでやってらした方がいらっしゃったんですけど、東京で活躍してた学生さんとか高校演劇とかが「地元に劇場ができた」というのでここを使ってくれるケースが多くなってましたね。
最近5年くらいは、大学の劇団よりもサークルの方が多くなったように思います。あとは団体の旗揚げで使われるというケースも多くなりましたね。

〜ここ5年はダンスにも力を入れています。〜

岡崎さん:
最近の動きと言えば、うちはダンスが非常に多くなりました。
「これから」というダンサー(対象は全国)を応援するプログラム(ラボ20)*1を'94年1月から自主事業としてやっています。
そういった事もあり、「ここでダンスもできるんだ」という風に認識されるようになって来たと思います。ダンス公演として使ってくれる方も増えました。「ラボ20」*1は、
今回で丸5年を迎えるので、その集大成として「ラボセレクション」をやりました。期間は1週間なんですが、それは全部で27組が参加してくれました。

聞き手:
−多数集まったんですねぇ。27作品を1週間で…。

岡崎さん:
そうですね、毎回「ラボ20」では1回に8組程参加していますので、今まで13回やりましたので、計算すると約100組になりますね。その中でセレクトして。
セレクションの過程についても毎回違うアーティストをお呼びして、キュレーターになり選んでもらうんです。キュレーターになる人も、自分がすごく苦しんで作品を作ってきた経過があるわけで、ですからそれだけダンサーが抱えているモノについて切実に感じて、そして応援してくれたりしています。
参加するダンサーは、公募の上そのキュレーターにオーディション選考されるんですが、それぞれの合否はもちろん、講評まで手紙でお送りしています。
その後受かった人(=出演者)に関しては公演1ヶ月前に、公開ディスカッションに参加して頂いてます。これは出演者が創作過程の作品を上演し、なおかつその内容に関してキュレーターやテクニカルスタッフ(照明・音響・舞台監督・制作やコーディネーターなど)と意見交換をするんです。出演者・スタッフ両者が対話を重ねながら公演を作っていくんです。
ですから単に作品の場というよりは、ダンサーはもちろんのこと、振付家や演出家の養成学習みたいな意味合いも「ラボ20」は含んでいたりしますね。

第3回:STスポットさん
STスポットさん客席の図。右奥に見えるドアは外に(外と言ってもビルの中ですが)通じています。

聞き手:
−それはダンス文化を育てていくっていうことでしょうか。

岡崎さん:
そうですね。実際このプログラムにはダンサーがすごい関わっているんですよ。彼らが「こういうモノが足りないんじゃないか」とか、「こういうことが問題なんだ」というような切実な思いがあるわけですよね。それを具体的なプログラムにしていったら「ラボ20」になってしまったということなんですよ。
例えば、ダンサーは自分の体を使って自分の表現を作品化してるわけなんだけど、その過程で「客観的な意見を聞きたい」っていう思いがあったりとか、「どういう風に見せていけば一番良いものになるんだろう」という疑問があるわけです。そういったことに関して、「ラボ20」ではテクニカルスタッフ等と相談しながら作品を創作していくという状況を用意しています。また、オーディションに通らなかったら、「どうして駄目だったのか知りたい」というのもダンサーの中には単純にあるわけですよね。それは「一つの見方」ではあっても、それをダンサーにきちんと伝えていこうということもやっております。ですから講評まで手紙でお送りするんです。
そういった事を積み重ねて言った結果、「ラボ20」になってしまったということなんですね。
また他のダンスシリーズ(JCDN*2のプロジェクト等)でも積極的に他団体と連帯しています。STスポットはアーティストの推薦と、公演会場の提供と言う形で参加しています。

*1:ラボ20
20分以内のダンス【ラボラトリー=実験室】の意。身体表現の新たな局面を開こうとするアーティストのための公募プログラム。1997年1月開始。出演者は毎回異なるキュレーターによりオーディション選考され、キュレーターやスタッフと対話を重ねながら作品を作っていく。第3回より優れた作品を上演した出演者に「ラボ・アワード」が授与される。
*2:JCDN
正式名称:NPO法人 ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク
ダンスの持っている力を社会の中で活かしていくこと,子供から老人まで日常生活の中でダンスに振れる機械を創ること、その為の環境を創ること、それがJCDNの使命です。(JCDN
DANCE FILE Vol2内 JCDN設立趣旨から抜粋)

〜劇場の仕事を超えて?〜

岡崎さん:
でもやっぱり大きなものは演劇なんですよね。STを使ってくれるうちの約7割が演劇の方で、ほぼ毎週末演劇の公演が行われてるんですよ。
普段の単独公演のほか、STを利用して下さっている劇団さんを中心とした、ある程度ローカルを意識した「演劇フェスティバル」を主催しています。また、「神奈川戯曲賞」のプログラムについても、企画の最初の段階・審査の進め方などと言ったソフトの部分を県の方と相談しながらやっています。STスポットでの公開審査や優秀作品のドラマリーディングなども実際やっています。
これも、STでやってる活動してるといいうよりも、県と地域の中で戯曲と言うものを考えていくと言う考えでやっています。その中で色々なネットワークを構築したり、それがいろんなことに繋がっていくんですね。

第3回:STスポットさん
STスポット活動記録。
たくさんの企画や自主事業による活動が約100ページの中に収まっています。

聞き手:
-なるほど。

岡崎さん:
あとは、ダンスのJCDNで作成したものを「STスポット」がまとめて本にしたんです。(JCDN DANCE FILE)その一部をHPでも公開しています。これは、「どんなところにアーティストがいるのか、ダンサーがいるのかわからない」などという問題に答える本です。またダンサーに限らず、プロデューサーや組織、国内外の公募ダンス企画やコンペティション批評家やアドバイザーなどを一つの本にまとめてあります。
ダンサーはダンサー自身で創作プロジェクトを実現していかなきゃいけないっていう問題があるんです。自分で「スタッフを集めなきゃいけない」・「小屋を借りなきゃいけない」っていう。
そういう活動を行うために、「どこに何があるのか」という情報が載っているんですよ。場合によっては海外にチャンスがあるかもしれない。海外ではわりと一人で行っても比較的作品を発表できる機会ってあるんです。実は日本で1回単独公演をするのと2回海外で発表するのと予算的に変わらない場合もあるんですよ。また、ダンサーに限らずプロデューサー等にとっても役立つデータやアイデアが有ると思います。
HPで公開している情報には、それでも一部分なんですけど、実際に海外に住んでいるアーティストや、インターネットの情報等もまとめてあります。
これはひょっとしたら劇場の仕事ではないかもしれないけど、
私が考えているのは、「劇場」っていうのは「施設」だけではなく、また、作品を作る・発表する機能だけじゃないと思うんです。例えば人と人とをつなげたり、ネットワークを構築をしたり、場合によっては教育的なことまで、そういう色々な機能があるのがほんとは「劇場」じゃないかと思うんですよ。それはSTの利用ひとつをとってみても、他の団体との連携とかに繋がっていくわけだと思うんですよ。

聞き手:
-色々なことをやっていても、根っこにある考え方はひとつなんですね。

岡崎さん:
ひとつです。(笑)

第3回:STスポットさん
JCDN DANCE FILE vol2。
これ、ダンス関係の方には必携の本ではないでしょうか。良くこんなに調べてまとめたものだ、と感服してしまいます。

〜海の向こうの劇場は〜

岡崎さん:
ここが10年ぐらいしたときに、そのころアートマネージメントというのがマジックのように言われてた時期なんですけど、私はもともと現場からの人間で、そういうのはぜんぜん分からなかったんですよ。本も読んだけどぴんとこない。
劇場を訪ねるたびに疑問が沸いてきて・・・。それで文化庁のやつで海外体験をしてきたんです。
そこの劇場はコンテンポラリーダンスを中心とした(キャパ)300ぐらいのものだったんですが、その劇場を一から作るっていう作業をしたんです。客席を作って、ペンキを塗ったり照明の配線とか…。
そこで「劇場が好きだ」ということを改めて認識しました。そして運営に対しての情熱と愛情が大切だというのは、どこの劇場でも変わらないんだということも理解して帰ってきましたね。
あといくつか事業のアイデアも盗みました。さっきの「ラボ20」も、海外の若手が企画する時に選ぶ人を変えてたのを真似したものです。あとは、彼らの空席を作らないようにする「執念」みたいなものも学びましたね。空席は、金額換算すると一席いくらになりますよね。空席は、無駄なものです。だから是が非でも入れようとします。

聞き手:
-執念ですか。

岡崎さん:
PR手段としては、ポスターやフリーペーパー。あちらにはチラシがないんですよ。あとはホームページですね。特にあちらは、他の団体とのネットワークというものを非常に大事にしてましたね。
DMリストの交換なんかは一般的なんですね。マーケットは広げていくことによってお互い相互利益を得るという、そしてマーケットそのものを広げていくっていう考えなんですね。大きな問題には、「はっ」とみんなで取り組むんです。例えば地域の中で変えていきたい問題とか、マスコミの人たちを一同に集めるとか、そういうところはネットワークが機能している。
ひとつひとつでは解決できない問題に対して、そのネットワークが存在してるし、ネットワークを維持するためのスタッフの活動費も与えられていますね。
あとホームページがずいぶん発達していたので、帰ってきてからはSTスポットのホームページはすぐやりましたね。
そういう海外体験が今の私の考えに及ぼしている影響は大きいと思いますね。今も海外行く度に劇場をまわっています。趣味なんですよ。(笑)

〜STスポットという空間と横浜〜

聞き手:
-「STスポット」という空間についてはどうお考えですか。特徴などありましたらお聞かせ下さい。

岡崎さん:
ここは非常に限られた空間なんですよね。楽屋も狭いし、袖もほとんどない。この空間で出来ることって言うのは限られているかもしれない。だけれども、この小さい空間だからこそ出来ることもあるんじゃないかと私自身は思いがあります。それは、
小劇場って言うのは新しい価値を育てる実験場だと思うんですが、
STはその小劇場の中でとりわけ小さいと思います。
ただ、小さいっていうことは人を繋ぐのには非常に有効なんですよ。
狭いだけに親近感をもってそこからアイデアが生まれることもあるんです。
だから「小さい空間だからこそ出来ること」を実現している舞台を時々みると、すごく幸せになるし、新しい発見があったりして…。そういう楽しい想いがたくさんあったので15年は本当にあっという間でしたね、苦労も感じないし。(笑)
他の小劇場のオーナーさんのように、自分のお金で施設を作ってっていうのすごく大変だと思うんですよ。私の場合は、企業さんとか行政の中でやっているからずいぶん楽な形でやらせてもらってるなと言う風につくづく、実はあなたのホームページを見て、思ったんだけど。
だからこそその恩恵みたいなものを、いかにして観客やアーティストの皆さんへのサポートに還元できるかということを常に考えています。また、それが「ラボ20」や「スパーキング*3」に繋がっているわけです。

聞き手:
最後に、横浜についてはいかがでしょうか。横浜という土地で活動されている事について、何か思い入れやこだわりみたいなものはあるんでしょうか。

岡崎さん:
「横浜のSTスポット」であったから今まで続いたんじゃないかと思うんですね。
横浜の演劇・劇場事情が大変きついっていう状況があって、東京だとたくさんあるかもしれないけれど、こういう小さな実験が出来る場所の存在意義はここ横浜ではあるんじゃないかと思います。
かといって私たちが対象としているのは横浜だけかと言えば、そうではないですね。
例えば去年のスパーキングシアターの参加団体も東京在住の人たちばかり。でもここで活動をしていたりする。またここの自主事業やプログラム・ワークショップやセミナーなども、横浜に限らずいろんなところでやっているんですね。そういう意味ではこの劇場にかぎってるわけではなく、場所はどこでもいいんです。
横浜のローカル性みたいなものは、劇場側が作るものではなく、例えばここの劇場から出た「作品」や「活動」自体が作っていくものかもしれません。

聞き手:
-どうも、本日はお忙しい中ありがとうございました。

*3スパーキング
スパーキングシアター。1990年より開始。STスポットや神奈川を活動の拠点とする劇団参加により演劇フェスティバル。
他に演劇ではないが、月例の落語会「八七四亭(はなしてい)」やさまざまなジャンルの注目ナンバーワンのアーティストによる一人舞台シリーズ「ベストワン・ライブ」など様々な自主事業も行っている。

以上が今回のインタビューでした。岡崎さんはとても朗らかな方で、この他にも書ききれないほどたくさんの事をお話をしてくださいました。
お時間が押しているにもかかわらず1時間もお付き合い頂いて本当にありがとうございました。
「プロデュース活動」として「劇場」を幅広く最大限利用するスタンスと、小劇場ならではの軽いフットワークが岡崎館長の人柄を通して伝わってきたように思います。活動の仕方って、ほんとうに様々でお人柄が出るんだなと改めて感じた次第の筆者でした。
最後に,今に始まった事ではありませんが、掲載の方がなんと予定から半年もたってしまいました。深くSTスポットさん並びに読者の方々にお詫び申し上げます。

第3回:STスポットさん STスポットホームページ
http://www.jade.dti.ne.jp/~stspot/top.html
メールアドレス
mail@stspot.org


第4回:麻布/神楽坂 DIE PRATZEさん

第4回:麻布/神楽坂 DIE PRATZEさん
時:2002年9月24日
場所:麻布 DIE PRATZE・ロビー
語り手:劇場付 田上さん
メール:劇場主 真壁さん

die pratzeとは<不器用>な手、という意味である。

〜当初は田端から始まった〜

聞き手:
−インタビューをお受け下さり、ありがとうございます。
田上さんはこちらの劇場付きになったきっかけというのはどのような事だったんですか?

田上さん:
オーナーとは以前から付き合いがあって、「前の人がやめちゃう。」っていうのでオーナーから(真壁さんから)「やらない?」って言われて。単純な話。

聞き手:
−なるほど-。
真壁さんが劇場を建てた動機みたいなモノはどこにあったんでしょうか?

田上さん:
うーん、一番最初は田端にあったんですね。それがもう10年以上前で、1985年ぐらいかな。そのときは実験演劇みたいなのが盛んだったころで。その実験劇場としての場所みたいな役割で、倉庫みたいなところで実験演劇をやる人達のための場所として建てたと思います。

聞き手:
−いわゆる、アングラみたいな?

田上さん:
そうそう。推測だけど、その当時って劇団のアトリエとして小屋を持ってる人たちって結構居たと思うのね。誰しも劇団のものをもちたいって希望を持ってると思うので、それで自分もそういう「発信地」を欲しいって思ったんじゃないかな。そういう自然の流れだったと思います。
で、そこが再開発になって、神楽坂に「とりあえず」っていう感じで引っ越して来たらしいんですけど、でも結局そこでずっと長く居座っちゃって…。

聞き手:
−劇場の名前の由来についてなんですが、ディプラッツさんのホームページでは「不器用な手」という説明がなされてるんですが、それにはどのような意味が込められているんでしょう?

田上さん:
おそらく当時つけた名前だから前衛のことを言ってると思うんだけど、それぞれ個々の表現を大切にしようという事だと思います。

麻布 DIE PRATZE
今回お邪魔したのは「麻布DIEPRATZEさん」の方。都営大江戸線赤羽橋から降りて30秒という好立地。劇場はここを入って2Fです。
入り口の左手1F部分にはMOBILEガソリンスタンドがあります。

〜「神楽坂ディプラッツ」噂の真相〜

聞き手:
−神楽坂ディプラッツが無くなる・無くならないっていう話を度々聞くんですけれど、結局その経緯というか、真相はどうなんですか?もしさしつかえなければお聞かせ願えますか?

田上さん:
私は物件を借りる時とか、経緯は経験上良くわからないんですけど。
結局あそこ(神楽坂)が今マンションブームで、大家さんがマンションを建てたいって言う事で。それでビルの老朽化も理由に出てってくれって言う話で・・・。
そしたら出ていかなければならないんだけども、ただ、お金の絡みもあって折り合いがつかなくって、今専門家の方に相談して交渉中です。最初5月まではやりますって言う事を言っていたんですけども、それも今は目処が立たなくって…。
5月までは予約とっちゃってて、それ以降はまだ分からない。もうそろそろ動きが無いとつらいんだけども。できることなら続行はしたいんですけどね。
私は(麻布と神楽坂)2つで行くものだと思ってたからその話を聞いたとき、「ええっ」って思ったんですよ。ここ(麻布)が建ってからその話を聞いたんです。

聞き手:
−結構急な話だったんですね。
私、勘違いしてました。こっち(麻布)の方を建てたから、神楽坂の方を潰すのかと思ってました。
で、今は出ていく(神楽坂ディプラッツが無くなる)って言う話はまだ検討中、というか交渉中と。良くわかりました。

麻布 DIE PRATZE
「麻布DIEPRATZE」ロビースペース。
こちらでお話をお伺いしました。
おしゃれな造りになっています。
写真だと分かりずらいですが、床面のセメントで作られた模様は手作りで、オープン前日まで作業をしていたそうです。
ちなみに「神楽坂DIE PRATZEさん」のひな壇も手作りだそうで。

〜昨年オープン!「麻布ディプラッツ」〜

聞き手:
−麻布ディプラッツさんは昨年オープンされたんですよね。こちらは「劇場を探そう」と言う話が出てからどのくらいでオープンされたんですか?

田上さん:
もうずっと前から。ライフワークのように探してました。(笑)
ほら劇場を作る時って、相当の勢いがないと作れないでしょ、場所の関係もあるし。

聞き手:
−その勢いが出た理由ってどんなところなんですかね?「物件」と言う事ですか?

田上さん:
そうですね。神楽坂も時期的にあれだから、もう決めちゃおうという事で。

麻布 DIE PRATZE
「麻布DIEPRATZE」ロビースペースに併設されたバースペース。飲み物やお酒など置いてあります。
お客さんもゆったりとくつろげますね。

聞き手:
−何が具体的に決め手になったんでしょうか。

田上さん:
高さですね。あと駅から30秒っていう立地の良さ。

聞き手:
−麻布ディプラッツさんの特徴とはどんなところだと思いますか?

田上さん:
やっぱり高さ。たっぱと、後はうちは安いと思うんですよ。
そして麻布はこのバースペースです。
あと、借りるところに対して甘いと思うんですよ。他の劇場さんがどれほど厳しいのかわからないんですけど、好きなことやって現状復帰してくれれば、なんでもやってくれていいていうか。劇場管理も自己責任でやってもらうから、カギも渡しちゃうし。

麻布 DIE PRATZE
「麻布DIEPRATZE」客席です。
写真右手の方にもお客さんの入るスペースがあり、キャパは120〜150人入ります。

聞き手:
−ところで今って空調つけてます?

田上さん:
つけてますね。

聞き手:
−静かですねェ。芝居中とかはどうですか?気になります?

田上さん:
音はあまり大きくは無いですね。まだそういう事(うるさいとか)は言われた事ないです。

聞き手:
−それは良いですね。小劇場によっては、各劇団さん、本番中は空調を切る・切らないでもめたりしてますけど、気にならないのは素敵ですね。

田上さん:
新しく3台エアコンつけたんで、暑い・寒いの調節も大丈夫じゃないかな。

〜デイプラッツと言えば、柱!?〜

聞き手:
−あとですね、ディプラッツと言えば柱ですよね。神楽坂さんも、麻布さんのほうも柱みたいな物がありますけれど。柱については色々言われていると思いますが、何かこだわりがお有りだったりするんですか?

田上さん:
(笑)しょうがないっちゃぁしょうがないっていうのはあるんですよ。やっぱり当時は客席をどっち側にするとか、もめたらしいんですよ。でももう最初からあったから。

聞き手:
−じゃあ、柱にこだわりとかがあるんじゃなくて、見つけたところに偶然、柱があったと。

田上さん:
そうですね。

聞き手:
−なるほど。また一つ気になっていた疑問が解けました。ありがとうございます。

麻布 DIE PRATZE
「麻布DIEPRATZE」舞台です。
すみません。暗くて何がなんだかわかりませんね。(^^;今度撮り直して参ります…。
えー、広いです。
天井高4.2m、奥行約9.0m×間口約9.2mです。充分な広さじゃないですか。天井も高い。
奥に話題の(?)柱が。

〜たくさんのフェスティバルや企画-「続けることが大事」〜

聞き手:
−ディプラッツさんでやられているフェスティバルや企画などについて教えてください。

田上さん:
うち結構やってるんですよ。「MSA(Mentally Shocking Arts)」は2年に1回ぐらいやってて、「die pratze NEO Collection」とか、「パフォーマンスがみたい!」「ダンスがみたい!」とか、色々。(…と、田上さんから色々な過去のチラシ等を頂く)
「ダンスがみたい!」は今年末ぐらいから翌年1月ぐらいまでやる予定で、4回目になります。

聞き手:
−その、フェスティバルや企画をそれだけたくさんやられているという、こだわりというか理由はどのような?

田上さん:
劇場の活性化につながるっていうのがもちろんあります。それに、小劇場のお客さんて固まりがちだと思うから、色んなモノを紹介して違う目で色んなモノを見て欲しいという気持ちがあります。
続けていくのがなかなか大変なんですけどね。場所としてもシステムとしても、対応しないといけない部分が、難しい。芝居じゃない人達や、変わった人達にもここを利用してもらいたいっていうのがあるけれど、基本的にディプラッツは芝居小屋なんで…。
例えばライブハウスだと照明とかの状態も違うし、ギャラリー空間とかだと1週間とか借りて、劇場より安いじゃない。そう言う意味で、どんな「モノ」にも対応したいけれど難しいところがあります。

聞き手:
−それだけ色んな事を続けられているということは、やはりそれだけフェスティバルの魅力というか、やって良いとお感じになるところが有ると思うんですけれど。

田上さん:
企画側としては出演側ともコミュニケーションが取れるし、自分の作品を作るときの参考にもなるし、色々刺激を受けるし。そう言う人達や、もちろんお客さんを含めて「繋がり」が出来てくる。
そういうところが面白い。

聞き手:
−続けていくって言うのが重要なんですね。

田上さん:
そうだと思いますよ。

麻布 DIE PRATZE
「ダンスがみたい!」チラシです。ダンスモノに焦点を当てた企画で、舞踏などが多いようです。

麻布 DIE PRATZE
「MSA」チラシ。こちらは演劇。アングラや実験演劇の団体が多数参加しています。

麻布 DIE PRATZE
NEO Collectionチラシ。
[non selection festival]と銘打って、舞台という枠にとらわれない、様々な「色」をもった団体が集まります。
【たくさんのフェスティバルや企画を続けていらっしゃいます。それは、もっと多くの方に色々なモノを見て欲しいというDIE PRATZEさんの思いの表れなんでしょう。】

〜そして舞台を考える-フリーペーパー「CUT IN」〜

聞き手:
−先ほど頂いたチラシの中に「CUT
IN」*1(フリーペーパー)がありましたけれど、私も何回かホームページで拝見した事あります。これについて少しお聞かせ願えますか?

田上さん:
タイニィアリスさんとディプラッツ共同で作ってます。井上さんと私で編集して。これは、うち(ディプラッツ)とタイニィアリスさんでこんな芝居をやってるとか、あとは井上さんが人に記事を頼んだり、あるいは自分で芝居等を見たりして…。そう言う事を載せています。
動機としては、「演劇って言うモノを評論する場がたりない」っていうことで、そういう人達も育てたいっていうので作ったんです。

聞き手:
−タイニィアリスさんと共同でやられているのはどうしてですか?

田上さん:
もっと広がれば良いとは思ってるんですけど、劇場の個性が違うとか、作る側で負担が大きくなってしまったりとか、ほんとはこれも色々問題があって…。
まだ機能してるとはいえないですけど、やることが重要だなと。

聞き手:
−機能してないって言うのは?

田上さん:
2つだけだと少ないですよね。まだまだ評論としても少ないっていうか。

聞き手:
−ゆくゆくは他の劇場さんとかともやりたいと。

田上さん:
タイニィアリスさんとかディプラッツ、プロトシアターさん、ストアハウスさんとか、オーナー同士はやっぱり繋がってて、最初は一緒にって言う話もあったんだけど・・・。
実はこれ(CUT IN)ニューヨークのフリーペーパーみたいな感じで作ってるんですけど。(笑)

聞き手:
−ええ。そんな感じだと私、最初見たときそう思いました。

田上さん:
ほんとに?(笑)

*1 「CUT IN」については劇場HP参照して下さい。

突然では有りますが、麻布DIE PRATZEさんの見取り図です。
文章内の写真と位置の相関関係を把握するのに載せてみました。 麻布 DIE PRATZE

〜劇場付さんの思い〜

聞き手:
−田上さんが劇場付きとして接してらして、楽しい・嬉しかった瞬間っていうのはどんなところですか?

田上さん:
うちの空間が好きだといわれると嬉しいですね。それぞれ皆理想の空間がある中で、うちを使ってくれているということですから、気にってもらっていると思うと嬉しく思います。
後、企画とかやってると出会いとかあって。それも楽しいですね。

聞き手:
−では反対に大変だった事をお聞かせ下さい。

田上さん:
えー、大変なところは結構いつでもあって。(笑)
例えば今だと、企画を何かしたいと思った時にお金がなくて、スタッフがタダ働きしなくちゃいけないとか…。うちは主流じゃない所も、持ち上げてあげたい気持ちも有るんだけれど、そういう所はお金が無かったりして・・・。
あと、貸し小屋って言うところで言えば、貸す側と借りる側もそれぞれ色々あると思うけど、借りる側は「何があったら良い」、「これもあったら良い」っていう希望はあるけど、色々そこでも問題があって…。
ウチもそうしてあげたいけれど…。そう言うところの理解が得られなかったり。

麻布 DIE PRATZE
楽屋です。位置としては客席裏の2階部分にあたります。
椅子は8個ぐらい並んで居たかな。鏡付き・姿見まであります。
楽屋から舞台までは、客席裏からと、舞台奥からも出られます。演出家さんには嬉しいんじゃないでしょうか。

聞き手:
−うーん、やはりそこは大変そうですね。
田上さんが今、小劇場で気になっている劇場さんとかございますか?

田上さん:
企画とかいろいろ頑張っている所はSTスポットさん。企画とかも面白いと思うし。
あとは頑張ってるなっていうか、MOMOさんとかすごいなと思ってる。すごいなっていうか、きちっとやっている感じがしますね。
うちはマイナーな小劇場だけど(笑)。

麻布 DIE PRATZE
1.舞台奥の下手部分ギャラ(のような感じ)にあるスペース。楽屋から繋がっています。奥に見えるはしごから下(舞台面)に行けます。

麻布 DIE PRATZE
2.これがそのハシゴ。

麻布 DIE PRATZE
3.「1.」のスペースの奥(はしごがある当たり)を右手に曲がると、楽屋とは別の役者たまり場があります。ここは舞台奥の上部分。
結構ゆったりです。奥の階段からも舞台へ行けます。

聞き手:
−ええっ、そんなことないですよ。ディプラッツさんの事知らない小劇場関係者はいないでしょう。じゃあ、メジャーな小劇場っていうのは?

田上さん:
それはやっぱりアゴラさんとか、MOMOさんとか。メジャー路線でしょ。(笑)

聞き手:
−(笑)うーん、そういう見方もできますねぇ。
この麻布ディプラッツさんをどう言う風に使って欲しいとかいう気持ちはございますか?

田上さん:
限定はしたくないんですけど。結構自由に使える劇場だとは思うんで、「こういう風にしたいな」と言ってくれれば、それなりの相談には乗りたいと思います。
バースペースもあるので、ヨーロッパの劇場みたいにお酒とか飲みながらっていうのも良いと思うし、いろいろ面白い使い方をして欲しいです。使ってください。

麻布 DIE PRATZE
搬入口です。昇降エレベータになっています。
驚きはその広さ。
以前ここは自動車工場だった事もあり、車1台分のスペースは余裕で有ります。

聞き手:
−今日は本当にお時間を頂きまして、ありがとうございました。今後ともよろしくお願い致します。
そして今回のインタビューはここで終わりではありません。
このインタビューの後、「他に真壁さん(劇場主)にお聞きしたいことがあればメールでお答えします」との有りがたいお申し出を頂きました。
そこで私は不躾ながら質問を何点か書いたメールを送らせていただき、真壁さんにお答え頂きました。
以下、質問の内容とそのお答えをほぼ全文・そのまま掲載します。
田端〜神楽坂〜麻布とその場所を変え、それでも劇場を続けてきた真壁さんのお言葉、どうぞお読み下さい。

〜メールによる質問と、劇場主:真壁さんのご回答〜

質問1:
−最初は田端に作られたとお聞きしましたが、その動機と、劇場開設までの経緯をよろしければお聞かせ下さい。

真壁さん:
A・僕はOM−2と言う劇団を持っているのですが、当時その内容が過激だということでどこも劇場を貸してくれなかったんです。「それなら自分たちで劇場を作ってしまおう」ということになって・・それが劇場を始めるきっかけでした。そして照明家の木下泰男氏と一緒になって、天井高のあるところをということで、田端にあった倉庫を改造して造ることになったのです。

質問2:
−田端から神楽坂にお移りになるまでの経緯もよろしければ併せてお聞かせ下さいませ。

真壁さん:
A.単純に大家さんから立ち退きを迫られて引っ越さなければならなくなったんです。

質問3:
−劇場経営・運営に当たって辛かった事があればお聞かせ下さい。

真壁さん:
A.そうですね。いろいろありますが、お金などの苦労はいつものことですが(劇場助成がないことは遺憾)、ウチは物凄く良心的に料金設定をしているつもりなのですが、ある劇団に「どうせぼろ儲けしているくせに・・」とか言われたことは辛かったですね。ウチの場合、金儲けで劇場をやっているつもりはなかったから、逆に安くしててもそんなふうにしか思われていないんだなーと思ったらなんか嫌になりましたね。また、劇場費などを払ってくれない劇団もあったりして、それも頭にきますね。演劇をやるって劇団ばかりではなく劇場側と観客も参加して成り立つわけでしょう。そしてそこはある信頼関係で繋がっているのが小劇場だと思うのだけれど、それが一方的に切られるのは辛いですね。また、そのための裁判とかもひどく面倒ですし・・。

質問4:
−なぜ劇場運営を20年近くもお続けになられているのでしょうか?その理由をお聞かせ下さい。

真壁さん:
A.勿論先にも言った通り自分たちの公演ができる場所が欲しいということもありますが、劇場が発信できうるものが、まだあるのではないかと思っているからでしょうね。そしてよりいい劇に出会いたいということかな。そのために本当、劇場助成なんかを実現させたいですネ。そうすればただ単に貸し劇場としてではなくて、その劇場独自の活動が出来るようになるし、よりいいものをやれるようになるからです。

質問5:
−昔と今と小劇場界を見つめていらして劇団の様子や劇場の様相・あるいは小劇場界の雰囲気、違う点などあればお聞かせ下さい。

真壁さん:
A.小劇場は実験の場だと思っています。それが実験ではなくただ単に大劇場の縮小版みたくなっているのは気になります。そして売れる売れないが重要で、売れなきゃ意味がないみたくなってるのもどうかと思います。小劇場なんだからそんなところばかりに気を捕われないで、もっと自由な発想で創ってもいいのになあと思っています。また、その方が楽しいと思うんですけどね。

麻布/神楽坂DIE PRATZE、真壁さん・田上さんのインタビューでした。
画像は麻布の方だけになっております。
ちょっともりだくさんと言う感じも致しますが、田上さんのお話も真壁さんとのメールでのやりとりからも演劇にとらわれない「舞台」と言うものに対する熱を感じました。
たくさんの企画を立て、フリーペーパーを発行しながら、場所を追い出されても、それでも尚、「続けていく」事。その「続けていく」ということの大事さを思わずには居られませんでした。

麻布/神楽坂DIE PRATZE 共通HP
http://www.ask.ne.jp/~pratze/
共通メールアドレス
pratze@ask.ne.jp

麻布 DIE PRATZE 麻布 DIE PRATZE:
港区東麻布1-26-6-2F
TEL/FAX:03-5545-1385
↓(水を除く18:00〜23:00)↓

麻布 DIE PRATZE 神楽坂 DIE PRATZE:
新宿区西五軒町2‐12
TEL:03-3235-7990
↓(火を除く13:30〜18:30)↓


第3回:新宿サニーサイドシアターさん

第3回:新宿サニーサイドシアターさん 第3回:新宿サニーサイドシアターさん
時:2002年9月4日
場所:新宿サニーサイドシアター・喫煙所内
語り手:劇場主 坂田さん

〜カレー屋だと思っていたら劇場が!〜

聞き手:
−本日はよろしくお願い致します。
まず、坂田さんが新宿サニーサイドシアターをお作りになったきっかけというか動機をお聞かせ願えますか?

坂田さん:
自分が、役者と劇団と、マスコミの方の役者をやっていたんですね。
だから作った、と言う単純な流れなんですけれど。
でも最初は違うんですよ。ここを見た時には「カレー屋」をやろうかなと思ったんですよ。

聞き手:
−は?カレー…ですか??

坂田さん:
カレー。全く芝居とは別物で、それは単に自分の生活のためにやろうかなと。
芝居で食べていくというのはかなり僕は難しいと思いますし、芝居で食えてはいないし、芝居で食おうとは思わなかったですし。
大学時代一緒に芝居をやっていた友達がいまして、大手の文化座さんなどでもやってた人なんですけど、彼が有名なカレー屋(カレー博物館にも入っている!)をやっていて、そのルーをもらって商売をするって言う事を考えたんですよ。

第3回:新宿サニーサイドシアターさん
新宿サニーサイドシアターさん外観。
新宿2丁目という好立地。
階段を降りて地下に行きます。
防音は抜群。ちょっと周りが暗いのは、夜だったのと私の撮り方のせいです。

聞き手:
−カレー屋さんが劇場になったのはどうしてなんでしょう??

坂田さん:
最初のきっかけとしては、カレー屋をやろうと思って中に入った時ですね。
「劇場が出来るんじゃないか」と思ったんですよ。ふと。
ふと、なんですよね。小劇場を貸して、収入を得て…って言う事までは考えてなかったですね。「自分の劇団の持ち小屋ができる」ということで、「やりたいな」って最初思ったんですよ。

聞き手:
−その「ふと」っていうのは、どこから来たんですか?坂田さんの中にやはり何かしら「劇場」ということも無意識にお思いだったんでしょうか。

坂田さん:
まあ、どっかしらあったとは思うんですよね。うちの劇団がちょっと前に下北沢の居酒屋で月1公演、12ヶ月連続で芝居をやるっていうのをやったことがあったんですよ。
キャパは30ぐらい入るようなところで。その時に「あ、こんな狭いところでもできてしまう」というか、「作ってしまえば劇場になってしまう」っていう経験があったんですよ。
そういう経験もあって、ここ観たときに、「ここは劇場になる。劇場にしよう」と思ったんですね。
だから最初から劇場を作るために場所を見つけてっていうのではなかったんですよ。
で、劇場にしようと思って始めたら、やっぱお金かかりますよね。家賃も合わせて考えると、今まったく商売にはなってないんですよ。それでも、回転さえしていればいいなと思って。ま、やっちゃおうということになったんですけど。

〜サニーサイドとは…〜

聞き手:
−作って頂いて本当にありがとうございます。
そしてサニーサイドさんの名前の由来はどういうところなんですか?

坂田さん:
これは、最初ある程度サニーサイドが有名になってきたら、その「サニー」っていうのは何ですかっていうのをクイズにしようと思ってたんですけど…。
僕は、つかさんのファンなんですよ。劇団を始めたきっかけっていうのはつかさんの芝居を見たのがきっかけなんです。紀伊国屋(ホール)でつかさんがやられてて、風間杜夫さんが出ている頃ぐらいまでですね。紀伊国屋で座布団持たされて、階段までギュウギュウ詰めにされながら見た時代の、つかこうへいの芝居なんですけど。
入れなかった人が消防所に電話して…。「あそこはギュウギュウ詰めにしてます」って。それ以来もう今入れてないですね。あの頃は階段まで座らせたから、トイレも一切行けないみたいな。(笑)
その舞台で僕は芝居が好きになって・・・。それ以前はマスコミみたいなことをやってたんですけど。つかさんの芝居をみて劇団をやろうと思ったんですね。
それが僕にとっては、紀伊国屋の舞台がサニー(太陽)なんですよ。紀伊国屋の板に乗りたいと思って。昔は割と紀伊国屋の板にのりたいって劇団やっているところも多かったと思うんですけど。
単純な話、つかさんがやってた紀伊国屋っていうのが僕にとってはサニーなんであってそのサイド(横)のここで、小さな小屋を持って、やるっていう。そう言う意味でサニーサイドシアター。

第3回:新宿サニーサイドシアターさん
入り口の階段。
奥に喫煙所スペースとトイレが男・女一部屋づつあります。
降りて右手が舞台への入り口。

聞き手:
−そうだったんですかぁ。

坂田さん:
僕はつかさんの芝居が好きで、影響されているんですよ。

聞き手:
−第2回目の演劇祭をやられますしね。つかこうへいのお芝居がテーマで。

坂田さん:
本当は最初にやりたかったんですけれど。
こんな小さいところでつかさんの芝居ができるのかっていうのもあって・・・。まぁとにかくいっぺんやっちゃおうと。それで「つかこうへいざんまい」っていうのを第2弾でやるんです。

〜「きまり、きまりで…。」(オープンまでの数々のご苦労)〜

聞き手:
−実際に、「劇場を作る」となってからオープンするまでに大変だった事はありますか?
以前少しお聞きした事はあるんですけれども…。

坂田さん:
消防署と保険所ですね。許可が必要なのは保健所なんですけれども、消防法もからんできて。
一番大変だったのは、キャパですよねー。ここでキャパをどのくらいにできるのかっていうことですね。劇場の椅子の大きさって決まっていて、固定じゃなきゃいけないんですよ。大劇場なんかは映画館にあるような固定の椅子なんで、基準で作っていると思いますけれど、その基準はこっち(小劇場)にも適用されるんですね。それで計算すると、全然キャパとれないんですよ。
最初は客席もばらせるようにして、好きに作れるっていうのが小劇場は理想だと思っていたんで、そうしたほうがいいと思ったんですけど、それは出来ないっていうことなんで。で、「桟敷っていうのはどうなんですか?」って聞いたら、「桟敷は別に構わない」って言うんですよ。
消防署は、火事になって飛び込んできた時に椅子が動いたりすると、「消防の作業をするときに邪魔」だと言うことで。固定だと動かないわけだからそこに乗る事も出きるし。で、桟敷って言うのは何も無いわけだから、「桟敷はいいですよ」っていう。だから「全くの平らで布団だけ敷いておいて」というのは、それはOKなんですよ。
それで、「桟敷の変形で、段を作ってそこに座るっていう形だったらどうですか」って聞いたら、「それだったらいいですよ」っていうことで許可もらって、それでひな壇状にしたんですけど。それも固定しなきゃ行けないから、固定って言うことで。

聞き手:
−そんな基準があったんですね。

坂田さん:
あとは保健所の方が、換気の事ですね。1時間にどれくらいの空気が入るかっていう計算があって、それをパスしなきゃいけないっていうのがあって。
結局でかい換気扇を上につけたんですけども。それいれたんですけど、あれも高くて。あれも何か不自然ですよね。
あとトイレですね。トイレは、「この広さ、高さだと便器が二つないといけない」っていう訳で。1個ずつ男女分けなきゃ行けないんですよ。
奥の楽屋のトイレは別に必要無かったんですけど。

第3回:新宿サニーサイドシアターさん
楽屋です。
楽屋用トイレがあるのは嬉しい限りでしょう。

聞き手:
−楽屋のトイレは便利ですよね。

坂田さん:
あとは喫煙所ですね。喫煙所を作らなきゃいけない。「外で吸えばいいんじゃないですか」って言っても、作らなきゃいけない。ここは一応事務所にしたかったんですけど、喫煙所ってことで。広さも、「全体の広さの20分の一以上にしなきゃいけない」っていうきまりがあるみたいで。きまりきまりって、大変でしたね。
地下じゃなかったら全然平気なんですよ。地下だから、換気もそうだし。

聞き手:
−その代わり防音はきちんとできますよね。

坂田さん:
そうですね。話が始まってからいろいろ手続きとかあって、結局1年ぐらいかかっちゃったんですよ。
なんか良くわからないですけれど。ま、大変だったと言うわけです。規制があって。

〜ひな壇も平台も、坂田さんお一人の手作り(!)〜

聞き手:
−ご苦労の末、この立派な劇場が出来たんですねー。

坂田さん:
立派でもないじゃないですか。
ひな壇にしても、僕一人で作ったんですよ。

聞き手:
−え、お一人で作られたんですか?

坂田さん:
全く僕一人で作ったんですよ。材料を大工センターみたいなところに買いに行って、その時だけは手伝ってもらいましたけれど。ま、中に運んでもらって。
で、あと組んでいくのは一人でやりました。一応自分で考えたカタチで切断してもらって来てるから、それに合わせて作っていくんですね。でも、一人じゃできない事もあるんですよ。長さとかの関係で、「こっちで持ってもらって欲しい」っていうところとか。
なんとか、でも一人でやって・・・。
やってくと人間だんだんうまくなっていくんですよ。(笑)やってって最後の方になると、「あ、最初のあそこ、こうすれば良かったな」とかって後で思うんですけど、「まあしょうがないなぁもう作っちゃったから」とか、思いましたね。(笑)
あれ「ばらせ」っていわれたらかなり大変ですね。「こればらしてもいいですか?」っていう劇団さんいたんですよ。でも僕が作って、「元に戻すの無理じゃないの」って思ったから、「それはちょっとかんべんして下さい。」って言ったんですけど。
あと、平台ありますよね。あれも一人で作ったんですよ。

第3回:新宿サニーサイドシアターさん
これがお一人で作られたというひな壇。
作りはとても手作りとは思えない程しっかりしています。

聞き手:
−え、平台も全部ですか?

坂田さん:
8枚しかないんですけど。あれも一人で作ったから、釘打ちの平台になってますけどね。普通の平台って組むカタチですよね。そうじゃない平台だから、使いづらいと思うけど、まあ、手作りのあれでいいかなって。
それもまあ経費節減のためなんですけど。

聞き手:
−ひな壇も、平台もお一人で作られて…。

坂田さん:
執念ですね。舞台装置作るのと同じ感覚っていやぁ同じ感覚なんですよね。(笑)

聞き手:
−たたきっていうのは、以前もなされてたんですか?

坂田さん:
まあ劇団でずっとやってて、僕は作・演出だったんですけど。ウチは舞監さんとか雇ってとかそういう事一切しなかったから。全て自分達でやってきたんで、多少はできるかなっていう。

聞き手:
−私が言うのは失礼にあたるかもしれませんが、そうはとても見えません。
ひな壇なんか充分立派だと思います。

坂田さん:
そうですか。そう言っていただけると・・恥ずかしいですよ。(笑)

〜「面白いなと思ったら協力したいなと思います。」〜

聞き手:
−オープンさせてからは半年になられますか。

坂田さん:
柿落としが1月末でしたけど、実質劇団さんが入ったのは3月ですよね。
だから、半年ですね。

聞き手:
−その間、実際運営してみていかがですか?何か運営する前に思ってた事と違うというような事はありましたか?

坂田さん:
そういうもんはなかったですけどね。
ただ、大変だなっていうのはあります。
その、毎回新しい人が来て、新しい人と接して。ある意味楽しい部分はあるんですけど、ま、色んな人がいますしね。人とあんまり接して商売をやっていくっていうのは得意じゃないから、そのへんは非常に大変は大変ですけど。

第3回:新宿サニーサイドシアターさん
客席から舞台方向を撮った写真。
キャパシティは50〜60と言ったところ。
舞台の広さは、4.25m×5m程。
奥の梁手前右手に楽屋があります。

聞き手:
−商売人になりきれないというような事ですか?

坂田さん:
なれないっていうか性格の問題ですよね。ここは兎に角狭いから、事務所っていうのがなくて…。
他の劇場さんは事務所があって、そこに入って他の仕事してれば、劇団さんと接する機会ってあんまりなかったりするじゃないですか。でもここだと、そういうスペースがないから、でもある程度ここに居なきゃいけないから、劇団さんと接する時間が多くなるんですよね。
そうすると色々劇団さんのことが見えてきたり、でまあ、しんどい部分もあったりとか。

聞き手:
−しんどい部分と仰いますと?

坂田さん:
だから、なんていうか、「いい感じで接したいな」って思っていても受け入れてくれないっていうところありますよね。そういうところでしょうね、恐らくしんどいのは。もっとこう、コミュニケーションとってやろうよみたいな気があるんで。
僕も劇団ずっとやってて、他の劇場いったりすると、やだなと思う劇場さんありますよね。劇場主さんの中には、あんまり劇団と関わらなくて、割と偉そうにしている人もいるから、それに慣れた劇団さんていうのは僕の事をそういう目で見たりするところもあるのかなってそう思ったりするんですど。
ただ、なんていうのかな、僕は皆と楽しくやってくっていうほうがいいから。
ま、僕は嫌な劇場主さんはできないし。民宿の親父みたいな気分にになっちゃうんですね。「若いやつらが来るから」って。だから帰って行く時に「ほんとにお疲れ様」っていう気持ちなっちゃって…。そういう名残惜しい感じで帰ってくれる劇団もいるし、そうじゃない劇団もいるしっていう。

第3回:新宿サニーサイドシアターさん
喫煙所兼事務所。階段を降りたところ。
こちらでお話をお伺い致しました。
奥が客用トイレ。男女ひとつづつ。きれいです。

聞き手:
−なるほどー。
この先、サニーサイドさんをどんな方に使って頂きたいですか?

坂田さん:
うーん、どんな人にっていうのは無いですけれど、まあ最終的にはいい芝居をやって、売れていく劇団がここから出て欲しいっていうのはありますよね。
ゲネはもうほとんど見させてもらってるんですけど、そこで見て、その中で面白いかなって思う人には、「あの、協力させてもらえますか」みたいな話はしてるんですけど。
自分の劇団ずっとやってる頃は、あんまり人の芝居って見たくなかったんですよね。人が気持ち良く芝居やってるのあんまり見たくなかったんで。(笑)
でもこれ(劇場)作ってから、「劇場を運営してる」って言うもう一つの姿があるんで、どうしても気になるんですよね。どういう芝居してるのか。いい芝居してたらほんとに「やっぱ面白いな」って思うし。「これはもう少し畳み掛けていけば、もっと売れる劇団になるんじゃないの」って思ったら協力したいなと。まあこんな狭い劇場で何ができるか分からないですけど、協力したいなと思っちゃうし。

〜サニーサイド演劇祭〜

聞き手:
−では、フェスティバルの話をさせてください。第1回のフェスティバル*1を終えられたところだと思いますが、フェスティバル開催の動機はどのような?

坂田さん:
動機は、単純で。お祭りをやってみたい、っていうのがあって。
でも、単純なフェスティバルだったらやらないほうがいいなぁと思っていて。
で、考えたのが「テーマを一つ決めて、それに沿った形の作品を集めてやる」っていうのが一番いいんじゃないかなって思って。
最初やっぱ「幕末モノ」って言うのがあって。
で、うちが参加するのもおかしいんだけど、最初はトップをうちがやりたいなっていうのがあって。うちは幕末だったら作品3つぐらいもってるし、それに幕末だったら方々でやってるから、参加する方もいるかなあと思ったんです。
そうしたら、案の定わりと良い方が参加してくれて、うまいカタチで終わったなと思ってるんですけど。

*1:第1回フェスティバル
第1回サニーサイド演劇祭「幕末ざんまい」の事。期間は2002年7月31日〜9月1日まで行われ、期間中5団体が入れ替わりで「幕末」をテーマとした作品を上演した。
最優秀演劇団体には新宿サニーサイドシアターの5日間無料使用券を贈呈。第1回最優秀賞は「さるしげろっく」。
第2回は「つかこうへいざんまい」を来年1月6日〜2月9日に予定している。詳しくは下記の劇場ホームページまで。

聞き手:
−1回目のフェスティバルを終えられて、やはりやって良かったと言う事ですね。

坂田さん:
やって良かった。不安だったんだけど、やって良かったと思ってます。やったおかげでサニーサイドの名前もある程度外に出す事が出来たと思いますし、全部(5作品)見てくれたフリーのお客さんも結構いたんで、審査も出来て良かったです。
次は、劇団さんと「お祭りをもっと楽しむ」と言う事を大切にしたいですね。それで1回目よりも、もっと活気が出てくれれば良いですね。お客さんがフェスティバルを通して、もっと流れてくれれば。
どこまで規制していけばいいのかっていうところが1回目の課題ですね。お金を取ってやるんで、決め事は決め事でちゃんとやって、演劇祭というお祭りを楽しんでやりたいですね。

第3回:新宿サニーサイドシアターさん
舞台から客席を撮ったところ。
写真左手が入り口になります。
客席奥にオペブースがあります。

聞き手:
−最後に劇場のPRみたいなことを、よろしければお願いします。

坂田さん:
やはり小さいところを、どう知恵を出して使ってもらうかみたいなところはありますよね。小さいからこその楽しみ方もあるっていうか。
あとは新宿と言う立地ですね。そして値段も安いっていうことです。

聞き手:
−どうも貴重な時間を割いて頂き、ありがとうございました。

新宿サニーサイドシアター・坂田さんのインタビューでした。
少々長く話し込んでしまい、いつも持って行くテープも終わってしまって最後は筆記で紙に書き留めていました。
劇場を作るってほんとに大変なんですね。そこまで消防法とか決められていると、作る気を削がれるみたいな事を坂田さんも仰っていましたし。それだけ凄い労力というか信念みたいなものが必要なんだなと感じました。
最後に、今回は掲載が遅くなってしまってすみませんでした。m(_ _)m

第3回:新宿サニーサイドシアターさん 新宿サニーサイドシアターHP
http://www8.ocn.ne.jp/~sunnyway/
メールアドレス
yumehiko@oregano.ocn.ne.jp
住所
東京都新宿区新宿2-6-8小沢ビルB1
劇場TEL:03-3355-7377
事務所TEL&FAX:03-3415-4251


第2回:明石スタジオさん

第2回:明石スタジオさん

時:2002年8月28日
場所:明石スタジオ・事務所内
語り手:劇場支配人 浅間さん

〜明石スタジオの由来と小劇場今昔〜

聞き手:
−本日はありがとうございます。
早速お伺いさせていただきますが、まず明石スタジオという名前の由来からお聞かせ願えますか?

浅間さん:
明石澄子さんという方が1980年に米寿の記念に建てたのね。
彼女は松井須摩子さん*1の妹弟子にあたり、師匠は島村抱月*2。兄弟女優でね。すま・あかし*3。坪内逍遥*4が名付け親でね。

*1:松井須磨子(まついすまこ)
1886〜1919 新劇女優の第一人者。
*2:島村抱月(しまむらほうげつ)
1871〜1918 日本近代演劇の創始者としてその普及・大衆文化に大きな役割を果たした。
*3:須磨・明石(すま・あかし)
どちらも有名な神戸市にある観光地。源氏物語や松雄芭蕉の句などにもセットで登場する。
*4坪内逍遥(つぼうちしょうよう)
1859〜1935 小説家・評論家・劇作家・英文学者・教育者として幅広く活躍。坪内逍遥が欧米の演劇視察旅行から帰国後、文芸協会演劇研究所を創設し、松井須磨子はその第一期生として入学してきた。その演技指導にあたったのが、島村抱月。

聞き手:
−すごいですね。歴史上の人物が出てくるなんて。

浅間さん:
明石さんは元気なおばあちゃんでね、自分の劇場を持つのが夢だったんだよ。だからここは劇場専用に建てたんだ。

聞き手:
−タッパも高いですしね。開館されてから、改装などはされたんですか?

浅間さん:
いや、消防法が改正された時にダクトを作るぐらいで、今も劇場は当時のままだね。

聞き手:
−浅間さんは22年間ずっとこちらに?

浅間さん:
建って1年経ってからぐらいかな。その頃はシアターグリーンとジャンジャンぐらいしかなくて、小劇場っていうのはほとんどなかったんじゃないかな。それから1・2年してスズナリさんが出来た。


明石スタジオさん外観。
入って右が舞台、左が事務所になっています。

聞き手:
−開館当時の劇団さんはどのような感じだったのですか?また、昔と今の劇団さんとの違いなどはありますか?

浅間さん:
当時はアングラも多かったね。発見の会みたいな。今は利用する人は若い人だから。
有る時期から変わってきた。ちゃんとしてきた。今はHPなど色んな情報があって、利用料金等が書いていたりしてるよね。だから今はみんなちゃんとはらってくれる。昔は皆、値切ったからね。

聞き手:
−「これしかないんですけどー。」みたいな?

浅間さん:
そう。
そう言う意味で今はちゃんとしてるじゃない。貴方も小劇場やってるからわかるだろうけど、スタッフもプロ使ってるじゃない。昔は、もうなんとなく調光卓を弄くれるぐらいのやつがやってたりしてたから、石がよく飛んだりしてたね。
「壊れたんですけど。」って。
「違うだろ、壊したんだろ。」ってよく言ってたんだけど。(笑)
ただ今はもう良い小屋どんどんできているから、うちはどんどん場末の芝居小屋になってくる。(笑)

聞き手:
−そんなことないと思いますけれど。

浅間さん:
やっぱなんていうの?今はみんな形から入るの好きみたいだから。
例えば「下北沢でやりたい、新宿でやりたい」っていうのが最初にある。逆に「ホールの特徴を捉えた芝居をやりたい」というような事にあんまりこだわらなくなっちゃった。
やっぱタッパが必要な芝居はタッパがある小屋でやればいいんじゃないかなと思うんだけどね。


客席から舞台方向を撮った写真。
キャパシティは通常120人。
広さは、間口8.4m×奥行き11.4m。
天井高4.5mと、その高さが特徴的。

聞き手:
−タッパが充分ある小劇場ってあんまり無いんですもんね。
浅間さんが劇場をやっていて良かった事・面白いとお感じになるところってどんな事ですか?

浅間さん:
いろんな面白い芝居を見られたり、いろんな出会いがあるからね。それが良いっていうか楽しい。
あと、今の若い人って物怖じしないじゃない。特にウチでやる連中っていうのは若い人が中心だから、「おまえらそれは無茶だろ。」っていうのがあって。(笑)
そう言う面白さ見たいなのもあるね。

聞き手:
−その無茶だろっていうのはどのような?

浅間さん:
例えば、昨日まで客席にいた人が今日から舞台に立っているっていう。昔と違って今は方法論というのが無いじゃない。だからそういう発想が逆に面白いって言うのもあるね。
ただ、昔に比べ立ち姿とか、センスは良くなっている。「よくこんな緊張しないで出きるな。」って思うもの。物怖じしないって言うところかな。

聞き手:
−では反対に、劇場を運営してきて「これやられちゃったー。」「これは本当に困った。」というようなエピソードはありますか?

浅間さん:
一番は、小屋代が入らなかったとかね。ずいぶん昔だけど逃げられちゃったりね。そう言う事もあった。何度か連絡取ったけどそのうち連絡取れなくなっちゃって。今はそう言う事無いけどね。たまに「支払い待ってくれ」って言われる事はあるけれどね。昔は支払いも分割という事もあったんだよ、1年2年かけて。
でも小屋代が入らなかったとかはそんなに嫌なことじゃない。もちろん、劇場的には痛いけれど。
音の出しすぎで参ったなっていうことはあったけど。苦情がきちゃったり。本番とリハーサルとは全然ボリュームが違ったりするからね。
あと、学生さんって世間では良く学割とかあるけれど、劇場に関しては、全部が全部じゃないけれど、サークルの乗りでやっちゃうから、よく学生さんにね「本当は学生割増もらいたいぐらいだよ」って言ってるね。スタッフがちゃんとしていればいいけれど。

〜「だからきっとこういう芝居小屋にずっといるんだよ。」〜

聞き手:
−やはり綺麗につかってほしいですものね。

浅間さん:
いや、仕込み前の状態に完全復帰してくれれば何やってくれてもかまわないよ。そういうことは言っているけれど。ただ「ごめんなさい」はだめだよ。
プールを作ったところもあったけどそういうところはちゃんと養生して、しっかりやっていたし。有る約束事さえ守ってもらえばいいよ。本をあらかじめ読ませてもらって・・・というような事は一切無いしね。
以前、ゴキブリコンビナートがやった時にはちょっと慌てたけどね。あれはみんな劇場さん焦るんじゃないかな。その時には泥を使ったのかな。おもしろいんだけどね。見ててくだらねぇ、面白いなっていうところもあるんだけど、はらはらしたな。彼らスタッフがしっかりしてるから良かったけど。それでも色々言ったりもしたと思うし。
だってこっちはほら、文句言う立場だから。(笑)
ただそれでもそん中でやるんだったら面白いものやって欲しいし。こっちはルール守ればぜんぜんOKだから。

聞き手:
−(聞き入っている…)

浅間さん:
芝居って相対感ではなく絶対感的な、その本人が気に入ればいいわけじゃない。芝居する連中ってそれ確信犯でやってるわけだから。それを俺は割と面白がれると思うし。
面白い芝居ってよそにも見に行くけれど・・・、「あ、面白かった。」「でももういい。」「面白いのはわかった。」俺はそうじゃないなんか違うやつらと出会いたい。だからきっとこういう芝居小屋にずっといるんだよ。(笑)

〜「TV等を見るのとは違うシチュエーションがやっぱ劇場ってある」〜

聞き手:
−明石スタジオさんの特徴的なところは、やはりタッパでしょうか?

浅間さん:
うん。照明さんやりやすいでしょ。

聞き手:
-はい(笑)

浅間さん:
あと、調光室が居心地いいからね。ちょっと、その分客席が悪くなっちゃった。本来逆なんだけどね。(笑)
設計頼んだ人が照明さんで「俺はこれだけ(スペースが)欲しい」っていうのがあってね。そのまま休憩室になるだろ。(笑)

聞き手:
−はい。オペスペースがゆったりしてるのはそう言う訳だったんですか。

ところで、少し前に「(劇団)カクタさん」の公演の際の噂をお聞きしまして。公演時、1階は凄く客席が寒くて3階は非常に暑かったとか。氷水をお客さんに渡していたと言う・・・。

浅間さん:
本来3階は客席じゃないからね。冷気は下に行くから。上は暑いもん。
今の劇団って本当にお客さんに顔を向き過ぎているかなっていうのはあるよね。お客さんが涼しい・寒いっていうとちょっとクーラー止めたり。でもそういうお客さんて、暑くなれば暑いってまた言い出すんだよね。たかだか1時間半かそこらじゃない。昔の小劇場なんかぎゅうぎゅう詰めで見てたからね。
ウチの記録がね、284(人)入った事がある。


舞台上奥にあるハッチ
ここから楽屋に行けて便利。

聞き手:
-284(!!!)どうやってそんなに・・・。

浅間さん:
100以上入るといっぱいになるから。それは調光室にも入れて。だから、うん、昔の劇団てしたたかじゃない。「客は絶対返すな。」「来てくれた客はどんなところでも見せる。」
だから、「よくそんな詰めるなぁ」って言う程詰めたりするから。今は満員御礼なんつって返しちゃったりするけど。
284はちょっと極端な話だけど、昔は200超えた劇団結構あったな。平気でその窮屈な中で芝居見るの。皆芝居見るの好きじゃない。「せーのっ」*5で席をつめたりして。

聞き手:
−最近あまり見なくなりましたねー。「せーのっ」

浅間さん:
うん。客席も良くなってきてるし。1人1座席になってきてるから。
長椅子も無くなってきてるねー。ウチぐらいのもんじゃないか?
今は上品になったよね。ただ、こっち(お客さん)にダイレクトにぶつかる「熱」見たいなのはちょっと減ってきてるかな。

*5:「せーのっ」
長椅子やベンチシート・桟敷・座布団などの席で、少しでもお客さんを座らせるための掛け声。
通常、会場の客入れ係の人が音頭をとって、「せーのっ」でお客さんがいっせいに一方に寄る。

聞き手:
−それはお客さんに顔を向けているというか、目線を合わせてきたと。

浅間さん:
だから、かなりみんな(お客さんの事)気にしてるじゃない。うちもよく主催さんと話するけど、「客席がね、もうすこし良くなってくれればね。」って。

聞き手:
-「そんなのあまり気にすんなよ。」と。

浅間さん:
良いもの見せてくれたら気になんないし。まあ俺らの世代だったら長椅子に座らされるのつらいかもしれないけれど。
でも若い頃はそう言う風に芝居見ても、面白かったらやっぱり見てくれるし・・。面白い芝居だったら我慢できる。つまんない芝居だったら更につらくなるけど。
わざわざ自分でお金払って電車乗って足運んで来るんだから、そう言う体験でいいんじゃないかなって。ラクしたいんだったら、家でひっくり返ってテレビみれば良いんじゃないかって。そうじゃないシチュエーションがやっぱ劇場ってあるわけじゃない?俺はそういうことをもっと楽しんだらいいんじゃないかって。そう思うのね。
(立場上)劇団には言えないけどね。おっさん古いよって言われるくらいのもんだからね。

聞き手:
−そうですか??

浅間さん:
今の子らってドライじゃない。それこそ芝居が終わって飲みに行ってもあんまり芝居の話しなかったり。もちろんおやじのノスタルジーって言われればそうかもしれないけど。
ただシステム化はしてるじゃない。「こんなちいちゃい小屋でSTAFFカード作んなよ。」と思うんだけど。「それやるんだったら他にやることあるだろ。」っていうのもあるんだけど。(笑)
でも形から入るの好きみたいね。

聞き手:
−そうかもしれないですねー。
今また新しい劇場さんがオープンしてたりしますが、浅間さんが「元気があるな」とか「気になっているな」と思う劇場さんはありますか?

浅間さん:
アゴラ(劇場)さんはがんばってるねー。地方から劇団呼んだり、ああ言う企画ね。やっぱ平田(オリザ)さんがバリバリ自分でやってるから。はたから見てても頑張ってるんじゃないかなと思うね。


そしてこれが楽屋。
出演人数次第だが、ゆったりしている。

〜〔勝手に応援月間〕と〔ウィークデーシアター〕〜

聞き手:
−明石スタジオさんもそういうことなさってるんですか?

浅間さん:
かつてはやってたけどね。「勝手に応援月間」みたいなの作って、何年かやってた劇団に声かけて、俺ら勝手にポスター作って。勝手に応援月間。(笑)

聞き手:
−(笑)それいいですね。

浅間さん:
まぁ劇団にしてみれば何が有り難いって、小屋代安くしてくれるのが一番有り難いんだから。だから安くしてあげて。そういうことはやったかな。あとは「おめぇらがんばれよ。」と。
ある意味趣味だよね。客呼べないけど、俺が「あ、この劇団面白いな」っていうところを声かけて応援して。
あとはね、「ウイークデーシアター」っていうの。劇場って月曜とか火曜とかは空いてる事があるから、そういう日に、当日仕込んで当日本番。一人芝居か二人芝居。1000円か1500円の低料金(設定)で。
これはね、電気代を15000円払ってもらって、あとは当日の入場料を折半する。だからリスクないじゃない。まぁ40人50人でも15000円払いきれちゃうからね。そういう事はやってたね。

聞き手:
−へぇ。今はやられてないんですか?

浅間さん:
今でもウチはそう言う心構えがあるよ。だから、向こうから相談に来てくれればやるような形になってくるかな。そのへんは相談にのれるよね。
でもあんまりやるとね、自分の休みがなくなっちゃうんだよね。(笑)

聞き手:
−本当に好きじゃなきゃ出来ないですね。

浅間さん:
それでも8ヶ月とか毎月連続公演やってたね。一人芝居とか。

聞き手:
−(笑)お休み無くなっちゃいますね。

浅間さん:
いやでも、それは月に1回か2回。それを8ヶ月ぐらい。そのくらいの休みは無くてもね。

聞き手:
−現在は、明石スタジオさんはイベントとかフェスティバルとかってやられてますか?

浅間さん:
今はやってない。俺自身の中にはフェスティバルみたいなのに抵抗があるのね。それこそねぇ、それぞれの劇団がそれぞれの志を持っているのに一括りにされるっていうのが・・・。
だから、うちで手助けできるのは、「ウイークデーシアター」みたいにお金ほとんどかけないでやるっていうのを協力はできる。
劇団じゃ出来なくても、「一人芝居やりたいなぁでもやる場所がねぇなぁ」っていうところとか。

聞き手:
−一人芝居やるにはちょっと贅沢な小屋ですねェ。(笑)

浅間さん:
(笑)そのかわりほら、当日仕込んで当日本番だから、のりうちと同じでやんなきゃなんないから。そりゃ大変さ。セットもほとんどない、素舞台の状態でやれるようにやんないと間に合わない。

〜「大変ていう自覚がねぇなぁ。」〜

聞き手:
−20年以上という長い間劇場を運営されてきて、一番大変なことは何ですか?

浅間さん:
うーん、大変だったら俺がもう音を上げちゃうからね。大変ていう自覚がねぇなぁ。
目先が変わるじゃない、毎週違う物が入ると。だから俺が退屈しないのかもしれない。だから逆に、ものすごい楽しいわけじゃないかもしれない。だから続いてるのかもしれない。この(劇場の)サイズの面白がり方が22年間で体に染み込んでるのかもしれないな。

聞き手:
−浅間さんの後ろに、歴史と言うかオーラみたいなものが見えるような気がします。
最後に、PRみたいなのがありましたらお願いします。

浅間さん:
PR?
弱点言おうか。

聞き手:
−は?弱点。

浅間さん:
音響設備が弱い。使う人間は覚悟してくれ。(笑)

聞き手:
−ありがとうございましたぁ!

明石スタジオ・浅間さんのインタビューでした。

こちらで用意している質問や内容より、浅間さんのお話の方が面白くなってしまいまして…。
劇場のお話をお聞きしながら、「小劇場のお芝居や人が本当に好きじゃないと、劇場運営ってやっていけないんだろうな」と感じた私でした。20年も小劇場を見つづけてきた方のお話をお聞きする事が出来、また最後には励ましのお言葉も頂きまして、大満足しながら高円寺を後にした私でした。
…しかし、当日は高円寺で阿波踊り祭(?)があったとは私つゆしらず…。凄い人人人でした…。

ここに本文を記入してください。

明石スタジオHP
http://www.akashi-studio.net
メールアドレス
aaa@akashi-studio.net
住所
東京都杉並区高円寺南4-10-6
電話番号
03-3316-0400

明石澄子さんについては↓こちらのリンク(多磨霊園のサイト)↓に簡単な略歴があります。ご参照下さい。
http://www6.plala.or.jp/guti/cemetery/PERSON/A/akashi_s.html


しもきた空間リバティさん

時:2002年7月29日
場所:しもきた空間リバティ・5F事務所
語り手:劇場主 斎藤さん


〜下北沢の老舗から、劇場が誕生。〜

 

聞き手:
快くインタビューに応じてくださってありがとうございます!今日はよろしくお願いします。
早速ですが、どういう経緯で新しく劇場をお作りになったんですか?

 

斎藤さん:
40年前から商売をしてまして、元は電化製品を安く売るいわばディスカウントの走りとも言える事を、先代が個人でやっていました。ヨドバシさんもお仲間です。

ですが、「コジマ電気」さんや「ヤマダ電気」さんなど、他の電化ディスカウントストアが台頭するにあたって、「電化製品を売っている場合じゃない」という話が、結構前からありました。
そこで「カーニバル」という、デリカデッセンと食品と雑貨を合わせた店舗をやり始めました。息子の代になってレストランを経営していたので(現在下北沢に3店舗・吉祥寺に4店舗ある)、食材関係は手に入る状況だったのです。
もともと「カーニバル」は多摩などでもやっていたのですが、それを今回ここにも、持ってきました。

すると今までビル全体を使って家電を扱っていたのが、「カーニバル」を店舗として入れると、占有スペースは2F分だけで済んでしまう。それでどうしようかと考えたんです。

最初はインターネットカフェとかも考えていたんですが、私がもともと、「なかの芸能小劇場」や「内幸町ホール」などの他、たくさんのところで朗読をやっていたんです。
朗読の先生として教えていたりして、テレビ関係にも知り合いが居たりしましたし、(近藤サトさんは斎藤さんの後輩!あの「ラブシーン」も監修で教えられていたとか)それに私は放送学科卒なんですよ。そのせいもあって、演芸に近いところで劇場をやろうと。お笑いライブなどもできる公開スタジオを開こうとも考えていたんですが。

それで、今現在の社長が従兄弟にあたるんですが、「やりたいんなら、やってみる?」という話で。



客席から舞台を撮った写真。
間口5.4m強・奥行3.8m。舞台の奥に横6.9m幅90cmの楽屋スペースがある。

 

聞き手:
斉藤さんのそれまでの活動や人脈が大変影響していらっしゃたんですね。

 

斉藤さん:
いろんな人に手伝って頂いてね。設備や外回りの部分は、やはり業者(松下)にやってもらったけれど、客席椅子など劇場内のことは全部、FOSSE(ブロードウェイのミュージカル)の技術監督さんをやってらっしゃる方とか、周りの友人のスタッフさんがたが、ほんとうに手弁当でやってくれて。

後アートスペースプロットのFさん。朗読関係の知り合いがFさんを連れてきてくださったんですよ。それでFさんに相談したの。そしたら「お金かけちゃダメ!」って・・・(笑)Fさんの言うとおりに作りましょうっていうか、Fさんが予算立て。(笑)
でもお考えはシビアでしたよ。やはりご自分で経営してらっしゃるから・・・。「いくらまではかけるって予算をきめないと出来ないよ」っておっしゃってた。やっぱり、予算はかけようとおもえば際限がないし。全部やっていたとしたら膨大な金額になってしまい、逆に利用する側に負担になってしまうしね。

それにFさんが「大丈夫ですよ」って言ってくれたからやることにしたの。それこそFさんに押してもらったようなもの。もし「いや、辞めた方がいい。」っておっしゃったら、辞めたと思う。そのくらい、影響力大なんだから。(笑)

 

聞き手:
(笑)周囲のいろんな方のご協力があって実行する事が出来たというわけですね。
下北沢という場所には何かこだわって?

 

斉藤さん:
これだけちいさいところだと、新宿などの繁華街でやっても埋もれてしまうでしょ。演劇が・人が集まるところだから、やってみても良いかなと思ったの。

 

 →
舞台から客席を撮った写真。
キャパシティは100〜120人。
広さは、同じ下北沢にある「OFFOFF劇場」以上「駅前劇場」未満といったところ。

 

聞き手:
それで、開館はいつされたんですか?

 

斉藤さん:
先月(6月)14・15・16日に柿(こけら)落としはしたのね。ぎりぎりまで3・4Fの使い道を迷っていたから、劇場をやると決まったのが今年の3月。それから突貫でやったの。

 

聞き手:
たった3ヶ月ですか!すごい!

 

斉藤さん:
ですから、告知もしてないので、7月はどなたも来ません。今はお知り合いなど口コミのところでやって頂いてます。毎日新聞のコラムをやってらっしゃるKさんが、近所でもともとのお客さんなのでそのコラムで紹介して頂いたり、テレビ関係の人にも紹介してもらって。つい先日は山田雅人さんとかがお使いになって。他にも演芸関係などね。電気代だけ頂いてという感じで。
それと、計画しているときにENBUゼミナール関係の方や、「HIGHLEG JESUS」のTさんやHさん、Nさんなんかとお話をして状況などをお聞きしました。その関係で、Tさんに頼まれて、8月はハイレグさんにお預けしたの。それも、電気代のみでね。

告知も特にしていなかったので、7〜9月にやろうとしていらっしゃるところは、もう劇場は決まっているでしょ?9月まではあまり入ってないですね。10月や12月とかは入ってるけれど。

 

聞き手:
電気代だけとは、太っ腹ですねぇ。(笑)
これからイベントやフェスティバル等を主催するご予定はおありですか?

 

斉藤さん:
もちろん、そういうことを出来るようになるかも分からないけれど、まだ知られてないものですから(笑)それにお芝居としてやるのはハイレグさんが始めてなの。そこでやってみてもらって、不都合な点などが出てくると思いますし。だから電気代だけでやってもらう事になっているわけだから、ハイレグさんには。

 

聞き手:
でも最近周りでよくリバティさんのお噂をお聞きしますが・・・。

 

斉藤さん:
それが下北沢の利点なんですよ。Fさんが仰っていたけれどねぇ、「下北沢だったら何しなくたって大丈夫だよ。告知にお金かけることはないよ」って。
最初は各劇団さんにDMを送ろうとおもっていたんですよ。でも郵便代も馬鹿にならないでしょー。
Fさんも「最初は口コミで様子見たらどうだい。」っておっしゃっていて。
「そうですかねー。」って(笑)

 

聞き手:
(笑)

 

最初は結構緊張して伺った私ですが、斉藤さんは本当に気さくな方でお話ししてるのが楽しくなってきてしまいました。

 

インタビューはまだまだ続きます。(^^)

 


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